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住めば都

気が向いたら、好きな俳優、観劇記録や日常ごとを独断と偏見に満ちた表現で書き散らかしています。思考が合わないかたはごめんなさい。

「エンジェルフライト 国際霊柩送還士」感想

 

エンジェルフライト 国際霊柩送還士

エンジェルフライト 国際霊柩送還士

 

 

 読み始めてからすぐ、最後まで読めるか不安にかられました。若い頃は、自分が進んでやることに不安を覚えたりしませんでした。怖れを知ったことは、自分ではなかなかおもしろい心境の変化だと思っています。自分で自分がわからない心理状態を楽しめるといいますか。

 学生の頃から法医学の先生が書いたエッセイ「法医学教室の午後」や「死体は語る」など遺体を解剖して死因を突き止める話(法医学の本)は多々読んできましたが、全く次元の違う話なのです。頭でわかっていても、死について遺族について考え、受け入れる準備はできていますかと問われているような文章。きつい言葉遣いではないのに、最初から喉元に刃物を突きつけられた気分。ノンフィクションはライターが書く取材話だと思いつつ、小説とは違うアプローチでもって自分の感情が揺さぶられることが多いものです。

 

 昨年末父が亡くなり、久しぶりに死を身近なものとして意識しました。それまで家族の死があまり身近になかったので、ようやく皮膚感覚での「死」を認識したという程度です。父は国内で亡くなりました。海外でお亡くなりになるかたは現在とても多いそうです。この本で主に語られる人々は、職業関係としての死が毎日そばにあるわけです。そして遺族と亡くなったかたとのお別れをスムーズに進めていけるか、海外から(又は海外へ向けて)の遺体送還手続きに始まり、エンバーミング*1の処置等。「死を扱うこと」で日々の糧を得ている人々とライターの取材に応じてくれた遺族の話です。

 

 知らなかったことの一つですが、棺の漢字はふたつあり、遺体が納められている棺は、『柩』と葬儀業界では表記するそうです。こういうところに日本人の皮膚感覚が的確に如実に表れていると感じます。漢字が違うから意味が違うのだ、とは大学時代の恩師によく言われたことでしたが、本当にその通りなのです。

 

 読み進めていくうちにどうしても目に涙が滲んだりするのですが、「儀式」であっても葬儀の必要性を再認識しました。最近は簡素な(略式)葬儀が提案されていますが、最近葬儀を経験したものとして、故人以上に遺族や親しい人たちのためにきちんとお別れをする場を設けることは大事なことだと思います。各々の宗教観に関することなのでいろいろな考え方があると思いますが、思想としての弔いは人間しかできず、未来に気持ちを向けるために行うように感じます。死別を越えて生きていくひとのために、亡くなったかたのために最善を尽くそうとする人々の話でした。

*1:アメリカで南北戦争の頃に広く普及した遺体修復保存の技術