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住めば都

気が向いたら、好きな俳優、観劇記録や日常ごとを独断と偏見に満ちた表現で書き散らかしています。思考が合わないかたはごめんなさい。

大いなる沈黙へ 岩波ホール

大いなる沈黙へ タイトルそのままね、という映画を観てきました。3時間弱、休みなし。

岩波ホールで22日までです。初岩波ホール。古いビルの匂いでいっぱい。天井低い。

配管が露出していて、震災時にできたと思われる階段の壁のヒビ。ルミノールの床。

かなりきっちり大理石が使われている1、2階の階段や踊り場。どんどん建て替えられている、昔のいいビル。

戒律の厳しいグランド・シャルトルーズ男子修道院(カルトジオ会)に許可を取って内部を撮ったもの。BGMなし、ナレーションなし、効果音なし。修道士が賛美歌を歌っている箇所が唯一の音楽。基本的に修道士は決められた場所と時間でないと話しません。言葉ではないかすかな音も逃すまいと220人くらいの大人が一生懸命画面を食い入るように観て聴いているのを想像してください…。なんというか宗教どっぷりな内容なのに、かつ宗教管轄外のわたしはかなり物見遊山的に触れてきましたよ。すまない…。
 
開始10分くらいは、画面が動かないに等しいので舟漕いでましたよ…。修道院に若い二人が入ってきた頃から、少し日常のあれこれと映像に動きと少しの音が入ってきて俄然覚醒!
そのなかでも祈りってとても個人的なことだと、繰り返し修道士たちが祈る時の表情で伝わりました。私の中では「祈る」って人力ではどうにもならない、どうしようもない時に使う印象。少なくとも私は日常では使わないし、あまり意識しない。どちらかというと、神社参拝やお寺へ参詣、という感覚が強いです。祈りはこちらで言うと瞑想に近いかもしれない。この映画のなかで祈りが個人的なのは、神とわたし、という関係が生活していく中で常に普通にあるからですね。
個々のお悩みに神様はすぐ答えてくれる訳でもないけれど、でも突き放したりはしないようです。人生をここで過ごすなかで、それぞれに答えを見つけていくようでした。
儀式の様子はどなたかも書いていたかと思いますが、東大寺のお水取り(修二会)のようでした。深夜にあかりは蝋燭だけつかって儀式をやるのね。
ドキュメンタリーの触れ込みなのに、日本で普通に「ドキュメンタリー」としてジャンル付けされているものと考えるとまったく違います。それよりも、ほぼ無音のデジタルフォトフレームに近い。ほめてます。説明らしいものはまったくないので、こちらからあのフランスの自然が厳しい修道院の世界へ飛び込むつもりで観ないと何も感じない、ということになりそうな映画でした。でもそれでもいいのよ、一級品のデジタルフォトフレームだから。景色の切り取り方だけでも、祈りの場の日常は表されています。