読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

住めば都

気が向いたら、好きな俳優、観劇記録や日常ごとを独断と偏見に満ちた表現で書き散らかしています。思考が合わないかたはごめんなさい。

ロンサム・ウェスト 新国立劇場 5月15日

舞台

昨年の「トゥルー・ウェスト」に続いて「ウェスト」づいている、と思っていたらアメリカの話じゃないのですって!アイルランドなのね。内野さんの次回作もIRAのテロリストだから、ウェストではなくアイルランドづいているのが正解なのかしら。

内野さんつながりでいうと、兄弟ものなのは同じです。今回は北村さん演じる神父が登場人物のひとりで、そこを観て感じてほしいならカトリックなりプロテスタントなりの宗教観に触れないと上っ面の受け取り方しかできないのかなぁとぼんやり考えてみたけれど、所詮日本人だし。書いているのもやっているのも同じニンゲンだし、と思って気を晴らす。
文楽勧進帳を観た後だからか、西洋物でもおなじみの型があるのか?という印象が拭えない。兄弟の話ってキリスト教圏ではよくあるモチーフなのかしら。シチュエーションが微妙に違うだけで同じに思える。単に劇場の観客数に合わせた戯曲の選択が似通ったということか。堤さんと瑛太氏の役柄が逆だと新鮮で面白かったかもと思うけれど、それも年齢からいうと不自然だし、それを瑛太氏に求めるのはまだ酷かも。日本の戯曲は愛憎に満ちた兄弟でのモチーフってすぐ浮かばない。曽我兄弟ってタイトルだけで敵討ちだし、今でも日本の演劇って舞台上に二人だけで向き合いとことん相手を追いつめて行くという会話(セリフ)劇が成立しにくい印象だなぁ。文化の違いかな。そういうのをやりたかったら、素直に外国の戯曲を使いそう。だからか借り物の匂いがほんのりつきまとう。
北村さんの神父は最初からはかない感じで、神父なのに地獄に落ちると言われていても、だからこそ己の信仰のために身を投げ出す。身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ、って日本的よね。
面白かったよ、うん。どうしても水槽の金魚や、池の錦鯉が泳ぐのを上から眺めているような気持ちでいっぱいです。他人事とまではいかないけれど、やはり距離があるというか。キリスト教圏でいうところの信仰が私はどうもなじみがないからでしょう。自然信仰は身近だけれどね。そっか、疑似親子という意味での二人きりでのやりとりは幻蝶がおもしろかったのだ。あれは古沢さんの脚本だったね。
 
話を戻して。久しぶりに堤さんの舞台を観た!TPT時以来だから、17年ぶりくらい?特別好きか?と言われるとどうかな、と思いつつ観始めると息を詰めて観てしまうという役者です。とりあえず、劇場に来てくれれば損はさせません、というか。こちらもそういつも損得考えている訳ではないんだけど、彼の中で熟成された役の断片を観客に刻み付けてくる。プロという感じ。もっと変幻自在になると、段田安則さんです、私の中では。