住めば都

気が向いたら、好きな俳優、観劇記録や日常ごとを独断と偏見に満ちた表現で書き散らかしています。思考が合わないかたはごめんなさい。

☆ 9/22(日)歌舞伎座 夜の部 「陰陽師」

 「歌舞伎座新開場杮葺落 九月花形歌舞伎」と表現するようです。こけら落としは1年ちょっと続くのだったかしら。2階の1列目でたいそう見やすい席でした。誘ってくれた、お友達に感謝。

 花形、とある通り若手中心の舞台で、それも小説、漫画、ドラマ、映画と一通り出揃っている感のある「陰陽師」。私は小説を少し読み、映画を2本観ただけですが、歌舞伎にするとどうなるのかしらという期待感でいっぱいでした。会場のお客様もそういう雰囲気で、チケットもかなり売れている様子。

 安倍晴明は、染五郎さん。源博雅勘九郎さん。染五郎さんは、お元気になってよかったわ〜という親戚のひとのような感慨を覚えました。安倍晴明というと素直に白の狩衣姿の印象。白は、晴明の立場の表れなのでしょう。博雅は、勘九郎さんにとても合うお役だなと勝手に思っていて、清々しい気持ちになりました。

 

 装置と演出の話。私は歌舞伎座で初めて特効(ライブ等でよく見ます)の炎を見ました。本水とか蝋燭の灯りを使った演出は見たことありますが、ぶわって炎が一瞬にして上がって消える、これを歌舞伎座で使えるのですね。私が観ていないだけで、他の演目でも使っているのかもしれません。今回背景や装置ですが、場面転換が退屈になってしまわぬようにと、魑魅魍魎が多数出演する演目の特殊性もあり、セリや回り舞台をかなり多用していたと思います。時間の変化を「二十年前」とスクリーンの表示で行ったりシンプルで現代的でした。

 

 平将門藤原純友の乱の話がからむのですが、また上演されたら観に行きたい。演出と役者次第で、いかようにも作っていける懐の大きな作品だと思います。

 平将門って今だとものすごいカリスマなのかしら。東国だったから怖れられたのかしら。距離があると理解しづらくて、恐怖に変わるから思った以上に大きい存在とされてしまうのかも。今でも首塚はきちんと残されていますものね。